発達障害気味の人が他人を怖くなくなるためのグッドバイブス「超」入門

「発達障害」という言葉を、最近よく耳にするようになったのではないでしょうか。
「もしかすると自分もそうかもしれない」と疑っている方が、この連載をお読みになっているかもしれません。
こんな言い方は不適切かもしれませんが「発達障害」というのはなかなかナゾの多い障害です。

発達障害気味の人が他人を怖くなくなるためのグッドバイブス「超」入門

ライフハックとはなんなのか?

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

ここで少し回り道をして、ライフハックというものを、改めて考えてみたいと思います。 もうあまり意識されていないかもしれませんが、このCHANGESという媒体は「ライフハックWebマガジン」として始まっているのです。 私はラ…

発達障害気味の人が他人を怖くなくなるためのグッドバイブス「超」入門

「発達障害の悩み」はライフハックで解決できるか?

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

私は、けっきょく診断として「発達障害者」とされたことはありません。
しかし、病院に通っていたら、そう診断されていた可能性はかなり高いと思っています。

私はまさに「発達障害めいたこと」でかなり困っていました。

たとえば私は

・先送りがやめられない
・意図せずして約束をすっぽかすことがある
・忘れ物が極端に多い
・ものをなくすことが異常に多い
・対人関係に強い不安感がある

あたりの特質を30年間くらい、抱え込んで生きていました。

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困らないなら発達障害とは言えない

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

私は「発達障害」と呼ばれる現象のほとんどは

1.人間関係の能力を伸ばす機会に恵まれなかったために、認識力の発達でそれを補おうとしすぎた
2.人間関係の能力を伸ばすモチベーションが不足していたために、認識力の発達でそれを補おうとしすぎた

この、いずれかであると考えます。

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「発達障害」という生存戦略

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

ここまでお読みいただいた方には、私が議論をどういう方向にもっていきたがっているか、なんとなく察しがついたのではないかと思います。

重ければ「自閉症」とされる一連の

広汎性発達障害

大人の発達障害

ASD

ADD

ADHD

などはみな、何らかの形で「人との関係構築能力」が機能不全を引き起こしているから、代わりに認識力や記憶力(記憶術)で乗り切ろうとしている人々の「ユニークなスタイル」なのです。

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コミュニーケーションができない人のサバイバル術が

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

渡米初日から、私は非常に「自閉症的な行動」をそこら中で取ることになります。といってもアメリカは広大なので、私の「そこら中」は太平洋のクラゲの遊泳みたいなものです。

まず、行動がいたって「規則正しく」なります。極端に言うなら、儀式です。決まった手順を必ず踏む。道順も、たとえどれほど遠回りであっても(遠回りかどうかも分からず)決まった交差点で右折し、決まった交差点で左折し、まったく同じ道順を使う。

レストランでは同じメニュー。そもそもいつも同じレストランに行く。同じコーヒーの同じ「S」を注文し、同じ時間に席を立つ。

なぜこうなるのか?
勝手が分からず、しかも言葉が通じないから。

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私は発達障害になった

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

私は会話の際に目も合わせることなく(メモするから)、人の話を聞いているようでスルーして(いるわけではないけどわからないから)、物忘れやケアレスミスを頻発し、同じやり方(教室や時間)にやたら固執する人になっていました。

つまり「大人の発達障害」と呼ばれる人の特徴とされる特徴は、留学中だいたい実施していたわけです。

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私は発達障害だった?

佐々木 正悟
著者:佐々木 正悟

私は決して元気な子ではなかったから、ADHDとは言えません。「多動性」が欠けているのです。しかしそのときのアメリカでは

ADD/ADHD

という表記が一般的でした。
そう。「注意欠如」には少なくとも2種類あるのです。多動性がある場合と、ない場合。多動性がない方のADDの診断基準であれば、なんと私は、ほとんどの項目に当てはまってしまうのです。
思い出してみると、忘れ物とうっかりミス、人の話を聞いていないというのはひどいものでした。思い出したくもない話でした。それを強制的に思い出させられるから、このテーマはいやだったということもたしかにあるのです。

私はADDだったのか?