倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

CHANGES執筆陣の倉園佳三と佐々木正悟の対談形式でお届けする連載。CHANGESに連載中の「フォースを使え!」や倉園著『グッドバイブス ご機嫌な仕事』の発想を、どうすれば人生や仕事の中で実践できるのかを、佐々木の鋭い質問をとおしてわかりやすく解き明かしていきます。

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】多くのことを達成する人生がしあわせなのか? 死ぬことは怖くないのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:最後の質問になるので、最終らしく「死」をテーマにさせてください。
「二度とないこの人生」
と言ったりするように、せっかく「人間としてこの世に生まれてきた」のだから、死ぬ前に
・ より多くのことを知り
・ より多くの経験をし
・ 一秒たりとも無駄にせず
・ 充実した人生を謳歌したい
という、きわめて個人主義的な願望が、やはり現代人には一般的だろうと思います。
これはもちろん、「死」によって終わるまでの「帯状の時間帯」を、いかに豪華絢爛に彩るかという、グッドバイブス的には受け入れられない価値観だろうと思いますが、倉園さんはこの誘惑に抗いがたいと思ってしまうこと、もうないですか?
そして最後にお尋ねします。
徹底的に嫌っていた人もいなくなり、高所恐怖症すら克服されてしまった倉園さんは、
死ぬことも、もう怖くなくなりましたか?

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】グッドバイブスの取り組みに失敗したときはどうする?

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著者:倉園佳三

佐々木:自分が「意味づけ」をしていることもわかっている。目の前の相手が理不尽な攻撃をしているのも、何らかの「恐れや不安」がそうさせているのだともわかっている。
しかし相手の「恐れや不安」の原因を探り、その不安を取り除くべく努めても、どうしてもそれがうまくいかず、結局あまりいい感じになれないまま相手と別れ、その後ずっと「相手のせいで怖い体験をさせられ通しだった」という妄想から抜けられない。
そういうことが、ときどき起こります。
もちろん、
・いまその相手が目の前に現れた理由を考えてみる。
・ゲームだと思う。
といったアドバイスも総動員しています。それでも体の傷なのか「心の傷」なのかわからないけどモヤモヤした気持ちが抜けてくれない。
この連載も最終盤になって、まるで最初に戻ってしまったような質問ではありますが、あらためて「初歩の初歩」まで戻ってしまったようなとき、何よりも心がけることはなんでしょうか?

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】私たちは弱い存在か? それともけっして傷つかない存在か?

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著者:倉園佳三

倉園さんはしばしば「心は傷つかない」という表現をされています。
肉体と違って、形のない心というものが、言葉の厳密な意味で「傷つくことなどあり得ない」というのは理屈としてはよくわかります。
他方、「脳」というものが傷つくことは、あります。これは肉体の一種であり、写真にも写るものだからです。
あくまでもひとつの考え方ではありますが「心脳一元論」といって、「心=脳」とみなす人々もいます。科学者の間でもこの意見に否定的な人はもちろんいますが。
メンタルの不調とか、心が傷ついて回復しないとか、精神的ストレスのせいで働けない、という表現は、いまとなっては一般的です。これらの表現をとるとき、人は「心の傷」というものを現実のものとみなしているでしょう(そのとき、脳も傷ついているとは必ずしも言えません)。
非常にデリケートな問題で、科学的なコンセンサスも不十分だという前提ではありますが、そのことを踏まえて質問します。
「心が傷つく」というのは「意味づけ」でしょうか?

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】理想とどうつき合えば挫折せずにすむのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:私たちの「夢」とまでは言えなくても、ある種の理想的なあり方として、
「思いどおりの理想の企画を実現したい!」
という願望が根強くある気がします。
理想的なメンバーで、思いどおりの素晴らしい企画を実現し、大いに世のニーズに応え、会社にも社会にも貢献したい。
悪い発想ではないと思うし、自分、周囲、組織、社会に「便益」や「利益」をもたらすという意味で、それほどグッドバイブスに反するとも思えません。
しかし現実に、これはなかなかうまくいかないと訴える人がとても多くいるのです。

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【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】なぜ、自分ひとりでは「平安な心」を得られないのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:倉園さんは、
「グッドバイブスのメソッドを自分のために使って、ひとりだけで平常心を保とうとしても、本当の意味での平安な心は得られない」
とよく言われます。
その理由として
「なぜならば、相手の怒りは解消されないまま放置されているから」
ということが挙げられているのですが、だからこそ、「怒る相手とは可能な限り関わらず、家庭なども持たず、経済的には自立して一人で生きていく」という戦略がでてきているのではないでしょうか。
そして現代のような、生活の至る所にITの網が張り巡らされ、買い物も、コミュニケーションも、取りたいとき、取りたい人とだけ関わることができるように環境が施されつつある時代であれば、「怒る相手は避ける」ことも可能になったのではと思います。

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【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】分離である離婚や退職は絶対にしないほうがいいのか?

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著者:倉園佳三

会社や家庭で何か「理不尽な扱い」を受けているように感じたとしても、「グッドバイブス」の考え方によれば、ひとまずその「理不尽な扱い」というのは、相手の行為に何かしら「意味づけ」をしているからではないかと、考えてみる必要があるでしょう。
こうなってくると、私たちは職場を変える、つまり転職をしたり、家庭をリセットする、つまり離婚する必要というのは、一切なくなってしまうようにも思えます。
実際そうである方が幸せだから、転職や離婚というものはそもそも不要と見たほうがいいかもしれません。
しかし、それでもどうしてもというケースもある気もします。
倉園さんのお考えからして、離婚や転職などというのは、一切しないようがいいのでしょうか。それとも、そのような手段になお、訴えたほうがいいケースというのもあるのでしょうか?

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【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】自分の個性から生じる不都合なことにどう対処すればいい?

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著者:倉園佳三

倉園さんはよく、74億の人間の中で「余計な人」など一人もいないということは、74億の個性が必要だと考えざるを得ない、とおっしゃいます。
ただ、一見短所に見えることには、やはり倉園さんのよく指摘される「意味づけをやりがち」ということが多いと思われます。
たとえば電車の中で他人のちょっとした粗雑な言動などについ見とがめてしまって心がかき乱されるという人があったとします。
言ってみれば「少し神経質」というようなことでしょうか。この「神経質」というのは「細かいことにまで気がつく」という長所の裏側とみたらいいのか、あるいは電車の中で「粗雑な言動をする好ましくない人」という「意味づけ」を手放すべきなのか、どちらなのでしょう?

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【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】「いっさいの計画を手放すやり方」で締切は守れるのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:倉園さんは「フォースを使え いっさいの計画を手放すやり方 Ver.2.0(実践編 その2)」の中で次のように述べられています。
あえてチェックリストのような書き方をしてみましたが、「いっさいの計画を手放すやり方」には、未着手のアクションはいっさいありません。あらかじめ複数のアクションを想起しないわけですから、当然といえば当然のことです。
この身軽さを一度でも味わったら、もうあの未着手だらけの、悪夢のようなアクション分解の世界には戻れません(笑)。
たしかにこのやり方なら「今やっていることに全身全霊を込められる」という意味ですごいと思います。しかし同時にこのやり方は
「締め切りを守れない」
という「不安」がつきまといます。

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】「自分=肉体ではない」なら身体のケアもしないほうがいいのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:倉園さんは以前から「自分=肉体ではない」という趣旨のお話をされていて、その線から「失ったり傷ついたりすることを恐れる必要はない」と強調されています。
たしかに私たちの「本質」がたとえば失われたり損なわれたりすることのないものであるなら、もちろん失うことや傷つくことを恐れなくていいわけですが、肉体は間違いなく「傷がつく」し、歯なんかも失われると元通りには戻りません。
特別なこれといった病気ではなくても、たとえば一定の年齢から上になると、膝だの腰だの肩だのが「慢性的に痛む」というようなこともあります。
予防や身体のケアというのは一般に、こうした「痛み」が「もっとひどくなることを恐れて」やることだと思うのですが、倉園さんのお考えではそういうことも「しないほうがいい」ものでしょうか?

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【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】「老後に2,000万円の貯蓄が必須」をグッドバイブスで解決できるのか?

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著者:倉園佳三

最近、老後の年金の問題がちょっとした騒動になっています。
倉園さんのお考えであれば、そもそも「老後」という先の見通しから不安になるということ自体があるべき姿と逆ですし、2,000万円を貯蓄することによって不安を解消しようという考え方にも無理がいっぱいでしょう。
ただ現実問題として、先の蓄えがあればあるほど、病気になったり、体が動かなくなったりしても安心だという心理はふつうですし、来月どうなるかもわからないという状態で、目の前の仕事に集中できるかどうかも疑問です。
長く生きれば生きるほど先行きが不安だという感覚そのものが、決してしあわせとは思えません。「グッドバイブス」は今のような時代の「老後の不安」という問題に対しても、有効でしょうか?

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】「好きなことを仕事にする」と「他の人の求めに応じる」は矛盾しないのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:第1回の倉園さんのお話で「自分よりもはるかに自分を知る周囲の人々に、自分が何者であるかを教えてもらう」ことの重要性をすごく意識するようになりました。
するとどうしても気になってくるのが「大好きなことを仕事にする」こととの整合性です。
倉園さんは、私の理解しているかぎりでは「好きなことを仕事にする」のをよしとされていたと思います。
しかし、自分よりも周囲の人のほうが「自分というもの」を理解してくれていて、しかも他人からの求めに応じた人生を送るべきであるなら、「自分としてはこれが好きで、これをやりたい」という態度を貫くのは難しくなりませんか?

倉園佳三 × 佐々木正悟 対談連載「フォースを実践する!」

【倉園 × 佐々木 フォースを実践する!】能動的につかみ取るのか? 受け身的に導かれるのか?

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著者:倉園佳三

佐々木:今回から、CHANGES執筆者である私・佐々木正悟が質問者として、同じく執筆者である倉園佳三さんにインタビューするという形式の連載をスタートさせたいと思います。倉園さんのお話にはかなりひんぱんに「自分の役割に導かれていく」という言葉が登場します。
就職活動、転職活動と職を求める切実な活動が様々ある中、そんな「偶然を受け身的に待つ」ような戦略をとることは、心もとない。もっといえば恐ろしいことではないでしょうか?